ヨーロッパ旅行紀 Isle of Man 〜 WDM

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6/4 準備でてこずり、15分睡眠のまま朝6時前に出発。 成田からアムステルダム
  を経由してロンドンのヒースロー空港着。
  地下鉄でロンドン郊外のレンタルバイク店に到着。
  でも順調だったのはここまで。

  なんと、店が閉まっている。 まだ陽が高いので、営業時間は午後6時までと
  いうのを忘れていた。 到着したのは6:15で誰もいない。
  ガラス越しに「たぶんアレだな」と借りるはずだった赤いバイクを指をくわえて
  眺めるしかなかった。
  今日はバイクで 200km 北の Nottingham(ノッティンガム:ロビンフッドで有名
  なシャーウッドの森がある)まで行く予定だったのに、初日からいきなり予定外
  のロンドン泊。 この後どうなることやら。

  宿を探している最中、通りの方で「パーン」、数分後パトカーの「ヒューイ、
  ファンファン」という音。 なんなんだ。
  初日の宿は、近くの安ホテルに決定。

  それにしてもなかなか日が暮れない。 夏時間のせいもあって日没は午後9時半
  で、時差ボケ(日本は明け方)+疲労でクタクタにもかかわらず街中をウロ
  つく。 たまに日本人を見かけるけど、ホント日本人って格好や仕草で遠目にも
  分かる。
  夕飯は Kings Cross 駅向いのマクドナルド。

6/5 朝、バイク店に行くと、今日は開いていた。 これから6日間の愛車となる
  Honda NTV650 と御対面。 やっぱり夕べのヤツだ。
  担いでいたバックパック(15kg)をリアキャリアにくくり付け、肩から下げて
  いたタンクバッグ(5kg)をタンクに載せ、持参したヘルメットとグローブを
  着けて 10 時、ノッティンガム目指して出発!

  まず Petrorium Station(ガソリンスタンド)でガソリンを入れるが、セルフ
  サービス初体験ですったもんだしてしまう。
  一般道ではあちこちにラウンドアバウウト(ロータリーみたいなやつ、右側から
  の車両が優先される)があり、出会うたびについ歌ってしまう。 ♪ I'll be
  the roundabout..♪ 12年ぶりの海外での運転なので、回りの様子を伺いながら
  慎重に走る。

  ところが、ロンドンから北に向かうモーターウェイ M1 に合流するところで大
  ヒンシュクをやってしまう。 M1 という案内を見つけて急に車線変更したため、
  左側から私を抜こうとしていた四輪(これは四輪側の違反)と接触。前輪が一瞬
  浮いてしまうほどの衝撃だったけど、なんとか持ちこたえた。 車の運チャンと
  目が合ったが、お互い後ろめたいところがあったので(?)そのまま分かれた。

  タンクバッグに入れた Michelin の地図で位置を確認しながら 120〜150km/h
  でひたすら北上。 だんだん寒くなってきて、雨まで降っり始めたので、レイン
  ウェアを着込む。 風が遮断されるだけで一気に寒さは緩和される。

  ノッティンガムで知人(写真の勉強で留学中)と待ち合わせをしていたけど、
  遅刻して到着。 半年振りの再会は30分で終了し、出発。 マン島行きの 17 時
  のフェリーに乗るためで、今度は150km北西のリバプールを目指す。 地図で
  見つけた一般道(と言ってもAクラス道路)で直線的に行くことにしたが、途中
  で道に迷ったり、雨に降られたりして結局フェリーのお見送りをした。

  フェリー受付に行くと、乗り遅れたフェリーの予約は入って無かったと言う。
  ホームページで往復の予約をしておいたのに。
  もっとも「往」には自分が遅れたから強いことは言えないけど、「復」の予定の
  フェリーに乗れない場合、また宿の予約を変更しないといけない。 ところが
  まだ3日先であるにもかかわらず満杯。 結局「往」は明日の朝7時、「復」は
  4日後の朝7時の便となり、宿の予約の変更でバタバタする。
  今日も予定外のホテル泊。

  リバプールといえば、当然ビートルズ参りで、Mathew Street へ。 でもビー
  トルズ・グッズの店は閉まっている。 窓を開け放ったバーからはディスコ
  (クラブという感じじゃない)音楽がガンガン。 通りには危なそうなオニー
  チャン、オネーチャン達がたむろしている。 カラまれないように、腰まである
  髪をなびかせて辺りを威嚇しながら、平静を装い(内心ドキドキ)通り過ぎる。
  夕飯はバーガーキング

6/6 5時、朝食を運んできたボーイのノックで起床。 幸いまだ体内時計が日本
  時間で動いているようで、苦手な早起きも苦にならない(日本は昼過ぎ)。
  夕べも雨が降ったらしく、ススけた感じだった街が洗われて、ちょっと新鮮。

  濡れた道路をフェリーポートに向い、今度は無事乗船。 カーデッキに乗り
  込むと、そこは一面バイク、バイク、バイク。

  出航のとき甲板にいたが、近くにぶら下がっていた救命ボートの底から突然
  水がドバーと流れ出し、あたりは水浸し。 ボート内にたまっていた雨水が
  水圧で流れ出たようで、本番(そんなのヤだよ)のときはこのボートに乗る
  のはやめようと思った。

  寒くて甲板にはいられず、落ち着ける場所を探すが、いたるところ人人人。
  ようやく Video Launge に安住の地を見つける。
  シケると「便器とお友達となる」と聞いていたけど、そんなことも無く4時間
  後、雲に覆われたマン島に着岸。
  大勢のバイクに混じってタラップ(?)を下りて、ついにライダーの聖地に足を
  踏み入れる。

  と感慨に浸る間もなくまた雨。 ついでに今日のレースのスタートが1時間後
  なのに、レースコースまでの道を知らない。
  あせって走り回ったら偶然コースにたどり着いたけどなんか変。 実はここで
  のレースはサーキットではなく、公道を使う。
  レースのスタート 30 分前に道路を閉鎖し、終われば開放して普段の生活道路
  となっている。 その道路をスタート30 分前に走っているのに、一向に閉鎖の
  兆しがない。 アレアレアレ?と思っていたら天候不順のためレースは明日に
  延期だって。

  Tourist Information のカフェで昼食。 島内の地図をゲットして今後の作戦
  を立てる。 そして当然、コースを回ることにする。

  1周が 60km もある一般道で、民家の庭先や、石の壁をかすめて走り、信号、
  ラウンドアバウト、道路脇には歩道、おまけに踏切まである。 ツーリングで
  なら気分良く景色でも眺めながら走れるが、とてもレースをするようなところ
  じゃない。 コースの後半 1/3 は山の中で、入ったとたん濃霧。 シールド
  が曇って前が見えないので、開けて顔はビショビショ(それでもロクに見えな
  い!)。 おまけに薄手のジャケットしか着てないので、寒さでヘルメットの
  中で歯がガタガタいっている。
  何度もUターンを考えたが、そこはやはり「前へ」で突き進み、数10分の格闘
  の末、濃霧ゾーンを脱出。 お日様の有難さが身に染みた。

  ドロドロになりながら1周を終え、グランドスタンドに戻り、パドックや店を
  見物。 老夫婦がお揃いの皮ジャンで正装して、2人乗りしている光景も珍しく
  ない。

  これから3泊お世話になる Dillon さんの B&B( Bed & Breakfast : 民宿)
  にチェックイン。 お風呂で身体を暖めたところで夕食が無いことに気付く。
  ここは島の中でもど田舎で、数少ない店もすでに閉まっている。 街までは
  20kmあるけど仕方が無いので、濡れた髪のままバイクで買い出しに出る。
  レーシングコースを走りながら店を探すが、なかなか無い。 やっと見つけた
  コンビニで、パン,ハム,ミルク etc を買い、戻ったが、これだけで 30km
  走っていた。 幸い湯冷めはしなかった。

  3日目にして、やっと予定通りの宿で就寝。

6/7 朝5時から予選があるけど、雨が降っているし眠いからパス。
  9時、今は止んでいる。 B&B の朝食はイングリッシュ・スタイルで、豪華。

  グランドスタンドに行き、I氏から借りたディジタルカメラをバイクのタンク
  に乗せて車載カメラをスタンバイ。 閉鎖される前のコースを撮るために大勢の
  バイクとともにスタート。 天気は上々、穏やかに市街地を抜け、山に入ると
  昨日とは打って変って快晴! イングランドのなだらかな山並みが続く。
  空の青と山の緑、でもそんなのはお構い無く、みんなカッとんでいく。 先の
  見えないブラインドコーナーでも対向車線にはみ出しながらガンガンとばして
  いく(対向車も来るのに!)。 昨日霧で四苦八苦していた辺りは杭が打ち
  込まれているだけのガードレール。

  1周を終え、グランドスタンドで数人の日本人と出会う。 レーサー1人と
  取材陣4人。 何でも私同様観戦に来た日本人があと1人いるということだ。
  そんなに少ない日本人。 バイクは日本製ばかりなのに。 道路が閉鎖され
  ないうちに第1コーナーへ移動してそこで観戦。 雨で昨日から今日に延期
  されたうえ、さらにスタートが遅れ、周回数も減らされた TT F1 レースは
  ホンダ車の優勝で終了。 その後ホンダの 50 周年記念パレードがあって
  (高橋国光も 30 年以上前のレーサーで参加)本日のイベントは終了。
  閉鎖が解除されてコースはまた一般道路に戻る。

  まだまだ時間があるので、(夏至間近の北緯55度、ついでに夏時間なので日没
  は午後9時半!)海沿いのメインストリートに向かう。 そこらじゅうバイク
  だらけのイベントだらけ。
  50周年記念で開いている Honda Museum に寄ったら、ナイジェル・マンセルの
  マシンなんかも置いてあった。 バンのハンバーガーで夕食。

  日没後のメインストリートの広場にバイクで迷い込んだら歩道に大勢集まった
  観衆の拍手喝采を浴びた。 どうやらバカ騒ぎ会場となっているようだ。
  通りのまん中でオネーチャンが下着一つでポーズをとっているし、マックス
  ターンをやっているし、オニーチャン達がスッポンポンでチャリンコを乗り
  回している。 警官も交通整理をする程度で、騒ぎをおさえようとはしない。
  しばらく観賞して、また拍手喝采を浴びながら退場。 5分も走ると街の雑踏
  から抜け、昼はレースコースとなる田舎道を宿に向かった。

6/8 朝、雨は降っていなかった。 Dillon 家の猫とじゃれてから朝食。
  車載カメラにして宿を出発。 すると雨がポツリポツリ。
  今日の観戦ポイントの Ballaugh Bridge(ジャンピングスポット)に着き、
  通りを見ていると、各観戦ポイントに向かうバイクが後から後から通り過ぎて
  行く。 ある者はジャンプしながら。

  レース開始30分前、コースが閉鎖され丸太1本のバリア裏に陣取る。
  オフィシャルの女性が缶を持って観客の間を回っている。 このレースは島民
  自らが運営していて、レースの運営費をカンパで集めているのだった。
  そして雨は本格的に降りだした。

  今日のレース、ライトウェイト・クラスのレースは、雨のため周回数が3周
  から2周に減周された。
  せっかくのジャンピングスポットなのに雨のためレーサー達は抑えて走り、
  ジャンプするマシンはほとんどいない。 みんなヒョコヒョコと通過していく。
  そして今日の残りのレースは翌日以降に延期となった。
  「あーあ、またか、サイドカー・レースも見たかったのに」。
  コース脇の雑貨屋で雨宿りしながらサンドイッチとウェハースの昼食。

  宿に戻ろうとバイクをスタートした瞬間、ガキッ!ガシャン!!!
  「???エッ???」フロントディスクにロックをかけたまま発進したため、
  転倒しちまった。 近くで見ていたライダーが駆け寄ってすぐに起こしてくれ
  たけど、「後は自分でやりな」と言った。 当然だね。 なんと左のステップ
  が折れて転がっている。
  雨の中、30 分かけて応急手当てでステップを取り付け、騙し騙し乗って宿に
  戻る。 体が冷えていたので風呂に入ろうとしたけど、水しか出てこない!
  諦めてリビングルームでストーブにあたりながら、他の宿泊客(やはりライ
  ダー)にビデオを見せたら、夕べ撮ったバカ騒ぎのが大受けした。

  午後5時、雨がやんでいたのでメインストリートへ向かい、やはり不便なので
  バイク屋へ寄り、左側だけレース用のステップを付けてもらう。 左右チグハグ
  だけど、これで安心。
  今日の夕食は、チリドッグ。
  みやげ物屋をハシゴしてマン島グッズを買いあさる。
  日本人のオニーチャン2人組に出会う。 この後フランスへ渡ってワールド
  カップの観戦に行くという。

6/9 朝7時のフェリーに乗るため、早朝起床。
  Dillon 家のオジイチャンが作ってくれた朝食をいただき、用意していた
  「のし袋」に宿泊費を入れて渡す。
  犬達に見送られて、Dillon 家を後にし、走り慣れたレーシングコースを通って
  フェリー乗り場へ。
  来たとき同様の小雨模様。 「See you again, Isle of Man」

  乗船するとどこもいっぱいなので、またも Video Rounge へ。 シケて揺れて
  たけど、疲れで半分眠っていたので No problem。
  気が付いたらリバプール。 「おー、雨がやんでいる」。
  往路での失敗を繰り返さないように、今度は遠回りだが Motor Way をひた
  走り、 Nottingham 着。 また待ち合わせに遅刻したため、夕食をおごること
  になる。

  今日の宿は YMCA。 荷物を部屋に、そしてバイクを中庭に置いて、2階立て
  バスを乗り回した後、トルコ料理店で夕食。
  YMCA に戻っても、共同のバスルームは水しか出ないので、入るのを断念。
  そのまま就寝。

6/10 今日は雨が降っていない。 チェックアウトはしたけど、バイクに荷物を
  くくり付けて中庭に置いたまま、郵便局へ行く。
  旅の後半で必要の無い荷物をまとめて、£32.20(6500円)の船便で日本に
  送る。 1か月半かかるらしい。

  道を歩きながらカメラ(ズームレンズ付き F3/T)を落とさないように持ち換え
  たら落とした。 フィルターのガラス部にバリバリにヒビが入り、フィルター
  自体も歪んで外せなくなった。

  昼食は Nottingham Trent University の学食で、フィレオフィシュ+ペプシ
  ライト+パンナスープで 50P(100円)のセット。
  YMCA へ戻りバイクを表に出して出発。
  ロンドンに向かう M1 で何回も雨が降ったり止んだりしたので、レインスーツ
  を着っぱなしでロンドン着。
  閉店 30 分前にバイク店到着。 6日間足になり、また仲間となってくれた
  バイクを返す。 全走行距離は約800km。 初日のチョンボや雨さえ無ければ
  1000k は越えていたはず。

  壊したステップについては、記念に持っていた折れたステップを渡したら、
  それを溶接で付け直すから OK だって。 アララ。
  ついでにカメラのフィルターも、ガラス部を慎重に叩き割って一応使えるように
  してくれた。 親切な店長マイクさんに感謝。

  一転して、ここからは列車での移動となる。 地下鉄で繁華街のピカデリー
  サーカスへ。
  やはり人でごった返している。 宿に荷物を置いてロンドン探検に出発。

  その前にまず帰国便のリコンファームの電話をかけてみたら、受け付けの電話
  番号が変わったという。 ところが対応テープが言う新電話番号「...ダボー..
  エウ,エウ...」は、規則性の無い言い回しで分からない。 これがパリの悪夢
  の序章だった。

  徒歩5分で行ける Trafalgar(トラファルガー)広場へ。 猿岩石のゴールと
  なったところで「コッチから歩いてきたんだっけ?」と回りを見渡す。
  テムズ川を渡って Waterloo 駅へ寄り、明日乗る列車の下見をする。 再び
  テムズ川を渡って国会議事堂でお約束の Big Ben の写真を撮る。 時計の針は
  9時半を指していて、さすがに周りは暗くなってきた。 フィッシュ&チップス
  の店を探しているうちに、チャイナタウンへ迷い込む。 でももともと朝食の
  ためか、F&C をやっている店が無く断念。
  広場で騒いでる連中がいる。 今日、サッカーのワールドカップの開会式が
  あったが、現地へ行けなかったフーリガンのようだ。

  宿に戻り、フロントで KLM のオフィスに電話をかけてもらい、新番号を教えて
  もらった。
  「ダボー」はダブルで、その後に続く「9」が2個ということ。 そんなことは
  当然考えたけど、だったら何故「0,0」を「ダボー、0」と言わないで「エウ、
  エウ(O,O のこと)」なんて言ってんだ。 バカヤロー。

6/11 疲れているにもかかわらず、早朝目覚める。 7時半に宿を出て、さっさと
  地下鉄で Waterloo 駅へ向かう(総勢 20kg の荷物があるので、歩くのは
  辛い)。
  新番号にリコンファームの電話をかけたけど、うまくいかず断念。 このまま
  じゃ帰国できないかも。

  Eurostar(ユーロスター:ドーバー海峡を渡るヨーロッパの新幹線)に乗り込み
  出発。 イギリス国内はゆっくり走っていたが、ドーバーに近づくにつれて
  スピードを徐々に上げてくる。 ついでに雨が降りだす。 まったく、最後まで
  イギリスでは雨にまとわりつかれる。 そしてドーバーのトンネルに突入。
  さよならイギリス。

  トンネルは 20 分で通り抜け、フランス側に出たら快晴でやんの。 牧歌的な
  風景の中、ユーロスターは飛ばす飛ばす。 車内放送で「ただ今、300km/h
  です」とか言っている。 でも揺れは少ない。 日本の新幹線で 200km/h
  出しているときの方が揺れは激しいかも。
  時計を1時間早めた。 定刻にパリの Gare du Nord(北駅)着。

  さっそく KLM のオフィス探しのために Travel Information へ行くが、たらい
  回しされる。 何とか Madeleine(マドレーヌ)駅付近にあることが判明した
  ので、とにかくそこへ地下鉄で行く。 ところが地上に出て警官に聞いても知ら
  ないという。 近くに British Air のオフィスがあったので、「背に腹はかえ
  られない」と飛び込んで尋ねたら「KLM のオフィスは閉まっているけど、リコン
  ファームなら電話でできる」ということで、電話番号を教えてくれた。

  ところが、フランスの公衆電話はほとんどがカード式。 コインでかけられる
  公衆電話を探しながら、20kg の荷物を担いでシャンゼリゼ通りをコンコルド
  広場から凱旋門に向かって歩く。 ワールドカップ参加国の国旗が通りの並木
  に飾られ、サポーターらしい人達で盛り上がっている。

  突然、バックパックの上に乗せているヘルメットを叩かれる。 「何?」と
  思って振り返るとと、叩いたニーチャンも期待外れの感触に驚いている。
  カバーに包まれたヘルメットをサッカーボールと勘違いたようだ。 実はこう
  いうことが何回もあり、叩かれるだけならまだしも、蹴られでもしたら・・・

  日本人も大勢見かけたけど、チケット騒ぎの最中だったなんて知るよしも
  無かった。
  悔しいけど、テレフォンカードを買ったら、どうでもいいのにワールドカップ
  の記念カード。 それで電話したらあっさりとつながり、50度数のうち2度
  しか使わなかった。 またまたバガヤロー。

  歩くこと 40 分で凱旋門に到着。 ヘトヘトだったけど、次のターゲット、
  エッフェル塔を見つけてしまいロックオン! 根性で目指す。
  まあ、塔そのものではなく、展望ポイントに到着。 もう足がガクガクだった
  ので、カフェでカプチーノを飲み、しばらく休憩。
  隣の席にはオバサン達が陣取り、話に花を咲かせているけど、ずーーーっと
  フランス語。 当り前だけど、不思議な感じだ。

  セーヌ川を渡って地下鉄で Gare d'Austerlitz(オーステルリッツ駅)へ。
  またセーヌ川を渡って Gare de Lyon(リヨン駅)へ。 20kg を担いで 6km
  は歩いた。
  列車の出発までまだ2時間ある。 腹ごしらえをしていると、構内に生息して
  いるスズメが飛んできて、パンをやると飛びついて来る。

  駅構内には案内図など無いうえに、列車のプラットフォームは出発1時間前に
  ならないと表示されない。 持参していた資料をひっくり返して目的のプラット
  フォームを発見。 今夜の宿となる寝台列車と御対面。 車掌さんはなかなか
  人なつこい人だ。 手持ちのフランだけでは足りないので、残っていたポンド
  も足して明日の車内での朝食を予約。

  3人部屋の1等寝台に入ると、同室となるイタリア人がいた。 20時出発。
  天気は上々で、車窓のガラス越しに久し振りに夕焼けを見て、星を眺める。
  リヨンでもう1人、フランス人のオジサンが乗り込んでくる。
  荷物(バックパック)は安全のため、寝台から離れたところに置いといたけど、
  イタリア人が自分の寝台の近くに移動させた。 「勝手に動かすな」と思った
  けど、「まさかね」と黙っていた(日本人だなぁ)。 でもこれがいけなかっ
  た。

  振動が心地良い。 とりあえず、おやすみなさい。

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