唐突に波が立った。
今まではベタ凪。ワケがわからない。
はっと思い、空を見上げる。
陸から海に向かって流れる幾筋もの雲!しまった遅かったか!
ルシャおろしの洗礼だった。
これまでが穏やか過ぎたのだ。ヤバそうだったら引き返せばいいやと決断し、波間に突入。
これぐらいの荒れ方ならば西伊豆で慣れている。
が、鮹岩の横あたりで、体が反らされるぐらいの強烈な向かい風。慌てて帽子を逆に被る。
左右を見ると、2人も必死で耐えている。
ルシャおろしは、兵庫の六甲おろし等と同じく、
山から海に向かって吹くいわゆる「だし風」なのだが、
谷間を降りるに連れ、扇状に広がるのだ。
まさに我々は開いた扇の先端に居た。
ここでは向かい風だ。
谷の中心、ルシャ川の河口まで、約5km。
沖に流されず、そこまで辿り着けば、
後は追い風に変わるハズだ。
と、沖の方から船がこちらに向かって来る。
10人乗りぐらいの小さな観光船だ。
酔狂なカヤック3人組を見物に近寄ってきたようだが、
冗談じゃない!
こちとら風上に向かうのに必死で回避行動が取れない。
漕ぐのを止めると間違いなく沈するので、
パドルを振って合図することもできない
渾身のチカラで陸方向へ寄せる。
なんとか船をかわしたが、風はますます強くなる。
まず、水飛沫で目を開けていられない。あっと言う間に頭からズブ濡れだ。
あたかも、先ほどのカシュニの滝を水平に浴びているような感じ。
空はにわかに掻き曇って来た。瞬間最大風速は恐らく 25m/s を越えているのではないだろうか。
ウネリが小さいのがラッキーだった。基本的に風だけだ。
強烈に吹いたあと、少しだけ弱まる瞬間がある。
この期を逃さずフルパワーで漕いで、じりじり進むことの繰り返し。
他の2人も、風のパターンに気づいたようだ。
強く吹く瞬間が一番ヤバい。
海面を見ていると、ウネリの表面に風紋ができて、それが恐ろしいスピードで近づいてくる。
「来た来た来た〜〜〜っ!」前傾姿勢で風の固まりをやり過ごす。
パドルをフェザリングして漕いでいるのだが、それでも着水の瞬間に握力が負けて回されるコトがある。
空振りしてバランスを崩すと、心底ひやっとする。
奮闘2時間。ようやくルシャ川が見えてきた。
このあたりでは、風は頭の上を吹き抜けているようだ。
小雨がパラついてきた。
局地的な低気圧の中に居るのだろう。
ルシャ川の河口には釣り人が沢山。鮭狙いか。
何故かピカピカの四駆が停まっている。
知床林道はカムイワッカの先で通行止めのハズなのに。
ウワサに聞くようにゲートのカギが闇で売買されているのだろうか…
3人共へとへとで早く上陸したかったが、イヤな感じがしたので、釣り人を避けて少し先の浜に上陸。
ようやく昼飯と相成った。ヒグマが多い場所なので、後方を注意しつつカップラを作り、
さらに餅を焼いてカロリー補給。生きているって素晴らしい。
ルシャおろし、第二ラウンドへ漕ぎ出す。
先ほどとは変わって、強烈な追い風と追い波。
パドルを立てて帆走できる程。ビュンビュン進む。
ウンメーン岩手前で、追い風もぴたっと止んだ。
元の平和なベタ凪状態だ。不思議な程に局地的な風だった。
後で聞いたトコロでは、カシュニの滝が海に落ちない程吹く時もあるそうだ。
だんだん余裕が出てきて、「ヒグマいないかな〜」とずっと海岸を眺めつつ進んで来たのだが、
結局、一度も姿は見られなかった。ちょっと残念だ。
大きな滝が見えた。
すでに手持ちの5万図の範囲は過ぎてしまっているので、よくわからないがカムイワッカだろう。
硫黄の流出が多く、岩は褐色に、海は青白く光っている。
上陸して少々休憩。見上げても林道は見えない。
「10年以上前に、チャリンコで来たんだよね〜」ってな会話に花を咲かせる。
滝壺の水に触ると冷たい。あれ?ここまで冷たくなっちゃうのかな?
出発して、小さな岬を越えると、先ほどより幅広の滝が…
なんのことはない。こちらが本当のカムイワッカの滝だった。
(先ほどの滝は後に知床滝と判明した)
左手には知床五湖の断崖が続いている。200m ぐらいの断崖は見事だ。
このあたりまで来ると観光船も多い。
観光船よりはるかに岸に近づけるので、少々の優越感はあるが、秘境の雰囲気はなくなってしまった。
ウトロまで漕いでしまうのはもったいないので、今日は岩尾別までとしよう。
が、地図がないので、この先どれぐらいで岩尾別に着くのかがわからない。
岸近くを漕いでいるため、どこまで断崖が続くのかも見通しが効かない。
唐突に断崖が切れると、そこが岩尾別だった。
ここも「岩尾別おろし」で有名なのだが、夕方近かったため、風は弱い。
少し波が出ていたがサーフィンで上陸。
林゛さんが例によって降り沈する。だいぶ疲れているのだろうか(笑)
岩尾別川には鮭が大量に遡上していた。
上流に孵化場があり禁漁らしく、釣り師の姿はない。
身が引き締まる程の冷たい流れで、鮭と一緒に川浴びして塩と汗を流す。
とうとう人間の生活圏に戻ってきてしまった。ちょっと急ぎ過ぎたか?
なんとなくまだ社会復帰したくなかったため、岩影に隠れるようにテントを張る。
が、夕陽を眺めていると、浜辺にぞろぞろと人が出てきた。
どうやら岩尾別YH の宿泊客が大挙して散歩に出てきたようだった。
夕食を食べていると、キツネが出てきた。
人慣れしているようだ。もちろん餌なぞやらずに追い返す。甘やかしてはいけない。
それにしても濃い一日だった。今日もよく眠れそうだ。
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