北海道 ツーリングレポート 2000 夏

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第 7 話 : ルシャおろし


唐突に波が立った。
今まではベタ凪。ワケがわからない。

はっと思い、空を見上げる。
陸から海に向かって流れる幾筋もの雲!しまった遅かったか!
ルシャおろしの洗礼だった。

これまでが穏やか過ぎたのだ。ヤバそうだったら引き返せばいいやと決断し、波間に突入。
これぐらいの荒れ方ならば西伊豆で慣れている。
が、鮹岩の横あたりで、体が反らされるぐらいの強烈な向かい風。慌てて帽子を逆に被る。

ルシャおろし解説

左右を見ると、2人も必死で耐えている。
ルシャおろしは、兵庫の六甲おろし等と同じく、
山から海に向かって吹くいわゆる「だし風」なのだが、
谷間を降りるに連れ、扇状に広がるのだ。

まさに我々は開いた扇の先端に居た。
ここでは向かい風だ。
谷の中心、ルシャ川の河口まで、約5km。
沖に流されず、そこまで辿り着けば、
後は追い風に変わるハズだ。

と、沖の方から船がこちらに向かって来る。
10人乗りぐらいの小さな観光船だ。
酔狂なカヤック3人組を見物に近寄ってきたようだが、
冗談じゃない!
こちとら風上に向かうのに必死で回避行動が取れない。

漕ぐのを止めると間違いなく沈するので、
パドルを振って合図することもできない
渾身のチカラで陸方向へ寄せる。

なんとか船をかわしたが、風はますます強くなる。
まず、水飛沫で目を開けていられない。あっと言う間に頭からズブ濡れだ。
あたかも、先ほどのカシュニの滝を水平に浴びているような感じ。
空はにわかに掻き曇って来た。瞬間最大風速は恐らく 25m/s を越えているのではないだろうか。

ウネリが小さいのがラッキーだった。基本的に風だけだ。
強烈に吹いたあと、少しだけ弱まる瞬間がある。
この期を逃さずフルパワーで漕いで、じりじり進むことの繰り返し。
他の2人も、風のパターンに気づいたようだ。

強く吹く瞬間が一番ヤバい。
海面を見ていると、ウネリの表面に風紋ができて、それが恐ろしいスピードで近づいてくる。
「来た来た来た〜〜〜っ!」前傾姿勢で風の固まりをやり過ごす。
パドルをフェザリングして漕いでいるのだが、それでも着水の瞬間に握力が負けて回されるコトがある。
空振りしてバランスを崩すと、心底ひやっとする。

ルシャおろしを越えて

奮闘2時間。ようやくルシャ川が見えてきた。
このあたりでは、風は頭の上を吹き抜けているようだ。
小雨がパラついてきた。
局地的な低気圧の中に居るのだろう。

ルシャ川の河口には釣り人が沢山。鮭狙いか。
何故かピカピカの四駆が停まっている。
知床林道はカムイワッカの先で通行止めのハズなのに。
ウワサに聞くようにゲートのカギが闇で売買されているのだろうか…

3人共へとへとで早く上陸したかったが、イヤな感じがしたので、釣り人を避けて少し先の浜に上陸。
ようやく昼飯と相成った。ヒグマが多い場所なので、後方を注意しつつカップラを作り、
さらに餅を焼いてカロリー補給。生きているって素晴らしい。

ルシャおろし、第二ラウンドへ漕ぎ出す。
先ほどとは変わって、強烈な追い風と追い波。
パドルを立てて帆走できる程。ビュンビュン進む。

ウンメーン岩手前で、追い風もぴたっと止んだ。
元の平和なベタ凪状態だ。不思議な程に局地的な風だった。
後で聞いたトコロでは、カシュニの滝が海に落ちない程吹く時もあるそうだ。
だんだん余裕が出てきて、「ヒグマいないかな〜」とずっと海岸を眺めつつ進んで来たのだが、
結局、一度も姿は見られなかった。ちょっと残念だ。

知床滝

大きな滝が見えた。
すでに手持ちの5万図の範囲は過ぎてしまっているので、よくわからないがカムイワッカだろう。
硫黄の流出が多く、岩は褐色に、海は青白く光っている。
上陸して少々休憩。見上げても林道は見えない。

こちらがカムイワッカ

「10年以上前に、チャリンコで来たんだよね〜」ってな会話に花を咲かせる。
滝壺の水に触ると冷たい。あれ?ここまで冷たくなっちゃうのかな?

出発して、小さな岬を越えると、先ほどより幅広の滝が…
なんのことはない。こちらが本当のカムイワッカの滝だった。
(先ほどの滝は後に知床滝と判明した)

知床五湖の断崖

左手には知床五湖の断崖が続いている。200m ぐらいの断崖は見事だ。
このあたりまで来ると観光船も多い。
観光船よりはるかに岸に近づけるので、少々の優越感はあるが、秘境の雰囲気はなくなってしまった。

ウトロまで漕いでしまうのはもったいないので、今日は岩尾別までとしよう。
が、地図がないので、この先どれぐらいで岩尾別に着くのかがわからない。
岸近くを漕いでいるため、どこまで断崖が続くのかも見通しが効かない。

岩尾別川の鮭

唐突に断崖が切れると、そこが岩尾別だった。
ここも「岩尾別おろし」で有名なのだが、夕方近かったため、風は弱い。
少し波が出ていたがサーフィンで上陸。
林゛さんが例によって降り沈する。だいぶ疲れているのだろうか(笑)

岩尾別川には鮭が大量に遡上していた。
上流に孵化場があり禁漁らしく、釣り師の姿はない。
身が引き締まる程の冷たい流れで、鮭と一緒に川浴びして塩と汗を流す。

とうとう人間の生活圏に戻ってきてしまった。ちょっと急ぎ過ぎたか?
なんとなくまだ社会復帰したくなかったため、岩影に隠れるようにテントを張る。
が、夕陽を眺めていると、浜辺にぞろぞろと人が出てきた。
どうやら岩尾別YH の宿泊客が大挙して散歩に出てきたようだった。

夕食を食べていると、キツネが出てきた。
人慣れしているようだ。もちろん餌なぞやらずに追い返す。甘やかしてはいけない。
それにしても濃い一日だった。今日もよく眠れそうだ。


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